幾つになっても♪
任意後見契約を結んでいる女性と忘年会でした。
10年以上前に、その方が有料老人ホームに入所するのをきっかけに、任意後見契約と見守り契約を締結していて、それ以来、年に4回お目にかかり続けています。そうです、判断能力の衰えは全くないので、見守り契約を遂行中なのです。
ホームの食堂に隣接する「特別室」の大きなテーブルで二人並んで座り、特別食をいただきました。向かい合わせに座ると、耳がかなり遠くなっておられるので会話が成立しないのです。
「先生、わたし若く見えます?」
「はい」ちょうど年齢相応だと思うけど(失礼!)、ニコニコ笑いながらお答えします。
「そうですか、もう92なんですけどね。そう言われたんですわ。看護婦さんに」
「嬉しかったんですね?」
「そら、嬉しいですわ」ニコニコ
そっかー、わたしもそんなこと言われたら嬉しいしな。もしかしたら年を重ねた方が嬉しいかも。こんな会話を楽しめるのが、後見事務の醍醐味です。いつも心を開いて話してくださるので、この方の考え方の傾向はかなり分かっているつもりです。耳が遠くなったことで、人との意思疎通が難しくなったことを嘆いておられたので、「耳が遠いので、大きな声で、ゆっくりと、お話しいただけませんか」というカードを作ることになりました。
ところで、今日の忘年会のお食事代は、ホームの利用料として請求されますので、わたしはご馳走になってしまいます。依頼者から、報酬以外に利益を受けるのは、本来は問題です。けれども、こうしたお食事はギリギリセーフではないかと考えています。共に食事をしながらリラックスして過ごす時間で、相互理解を深めることができるからなんですが、そのための費用だと捉えれば、依頼者負担という理屈も成り立つのではないでしょうか。但し、その理屈を逆手に取って、こちらから高級な食事を要求したりするとすればもちろん論外ですが。
あるいは、コミュニケーションの一環として、わたしからは、お誕生日にお花を贈っているので、これがお返しという説明も可能かも知れません。
いずれにせよ、あまりに杓子定規なことを言っても、お相手はお年寄りなのでなかなか理解はされないし、自分なりの倫理観をしっかりと持って対処すればよいと、今のところ思っています。「感情移入し過ぎてはいけない」との理由で、訪問時にお茶すら飲まない、という人もいるそうなのですが、わたしは「感情移入せんで、どないする」と思っています。ご本人の苦悩を背負いこみ過ぎて、こちらが潰れるような感情移入は止めといた方がいいですが。でも、若いと言われて嬉しい気持ちに共感するのは、食事という媒体がなくても可能かも知れないし、まだまだ考え続けましょう。