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2016年6月

有料老人ホームにはいつ入居すべきか

 任意後見契約を結ぼうと考える方は、一般的に、身近に頼れる親族がいらっしゃらない方が多い。なので、必然的に、介護付き有料老人ホームへ入居しようと考える方が多いです。

 何人もの方の有料老人ホームライフを傍目で見て来て、これまでのわたしなりの結論は、「集団生活に入るのは、どうしてもそうしなくてはならなくなってからが一番!」というものでした。

 高齢になってからの見知らぬ人との生活は、たとえ自分のスペースが確保されているとしても結構ストレスのようですし、特に「孫(子)自慢」で話に花が咲いたりするのは、単身者にとっては辛いことのようです。また、食事に満足している人には、一人も出会ったことはありません。

 掃除が行き届かなくたって、やっぱり住み慣れた我が家が何よりのはず。独居の心細さは、集団生活で失うもの(あるいは背負込むもの)と比べれば、これまでだって耐えてきたんだから克服できることのように思われます。

 もう14年、介護付き有料老人ホームで暮らしている80歳代の女性がいます。先日、「この暮らしを選んで良かった」と仰いました。まだ十分自立して生活されていて、食事はまずいからと、イワシの煮付けとかを自分で調理して補っているし、いくつもの習いものに通っておられます。ホームに対する不満も、堂々と整理して訴えられます。とても意外な言葉を聞いた気がして、「どうしてですか」と尋ねました。

 「いずれ認知症なり、身体機能が衰えたりして、施設に世話をしてもらわなくてはならないが、世話が必要な状態になってから入居したのでは、こちらのことを十分に理解してもらうことはできない。良い世話をしてもらうには、自分のことを分かっておいてもらわなくてはならず(どんな癖のある人か、どんなことで怒るのか、などなど)、自分のことを分かってもらうには、元気なうちから入っておかなくては難しいように思う」

 答えを聞いて、深く肯いてしまいました。

 本当にそうですね。生活に支援が必要となっている人に、支援をしようとしても、その人がどのような方なのか情報がないと、手助けも「出来合い」のもので済ませるしかないように思われます。真に、その人にフィットしていると自信の持てる手助けは、その人に関する情報がなくては実施できません。

 この女性は、介護が必要になってから入居する人たちを見て、このような意見を持つようになったそうです。当然、ホームは必要な介護その他の支援をしているはずですが、何かが違うと感じるのでしょうか・・・

 ともかく、生活し難さを感じている人のサポートをする時は、必ずその人に関する情報が必要なのは確かです。そして、そのサポートは、多職種連携で行われるというのが最近の潮流だとすれば、多職種の共同チームで、その人に関する情報を共有しているはずだと思われます。もちろん、全ての情報かどうかは別で、必要な部分の線引きはあるでしょうけれど。そうした情報共有と、個人情報あるいはプライバシーの尊重が衝突するという人もいますが、わたしは、後者は無目的に拡散される場合が問題になるのであって、合目的的であれば差し支えないはず、と考えています。ただ、合目的的か否かの評価が独善的であってはならないので、第三者の存在によって客観性が護られるようにしておかなくてはならないでしょう。

 また一人、有料老人ホームへ入居される方の契約に立ち会います。この方の大きな決断が吉と出るよう、心から祈っています。

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雨靴

 今年、念願の雨靴を購入。近年のゲリラ豪雨に備えました。水たまりも果敢にバシャバシャ踏み込んでいけるように。

 一昨日も、朝の天気予報で昼間急な雷雨があるように言っていたから、雨靴で出勤。でも、小雨がぱらついた程度で、雨靴の威力を実感することがありませんでした。靴の中が蒸れて気持ち悪かっただけです・・・

 本日、朝慌てていたので天気予報チェックをし損ね、明るい空模様を過信してつま先の開いた靴で出てきたら、お昼前から外は「バケツを引っくり返した」状態になっています。何のための雨靴・・・ 外出も控えているというのに。

 ちなみに購入したのは、ハンターのミドル丈のものです。歩くと、筒の入り口がふくらはぎに結構強く当たります。もっと柔らかなゴム素材のものの方が、歩きやすかったかも知れませんし、ゴム長でなくレインシューズの方が、結局は都会暮らしには合っていたかも、と後悔も少し。

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入院時の保証人

 これまで何度も経験してきたことですが、任意後見を受任している方が入院すると、必ず「保証人」問題に直面します。

 任意後見の相談は、たいてい、身近に頼れる親族がいない方です。物理的に存在しないか、存在しても精神的に「頼りたくない」「頼れない」関係か、は別にして。だからこそ、相談の初めから、何度も「施設入所や入院の時の保証人にはなれないんです」ということは、説明しています。

 もちろん、任意後見契約やそれに付随して結ぶ他の契約が、保証人に期待される役割(判断能力低下時の法律行為や、死亡時の事務)を部分的に代替してくれること、債務の連帯保証については保証金を預けるなどすることで、こちらも替えられることがほとんどであること、を併せて説明して、理解してもらいます。が、現実問題としては、その時の説明を、数年経ってもちゃんと覚えていてくれることはあまりありません。

 入院時は、それでなくても心細いもの。病院から、当然のように「保証人を立ててください」と言われているのに、「保証人にはなれないんですよ」と答えるのはかなりしんどいものがあります。そんな場面で、「前にも説明してますけど・・・」ともなかなか言えません。

 ただ、このしんどさは最初の入院の時だけです。その際に、わたしが、保証人にはならなけれど、様々な手続きを行って、色々な手配をきちんとすれば、ご本人も安心されるし、次回の入院では気づまりを感じることはありません。

 高齢になれば入院はつきものです。そして、親族がないことを実感する場面でもあります。だからこそ、この人を頼んでおいてよかった、と思ってもらえる、一つの機会でもあるのです。

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