危急時遺言の危急とは
重い病に罹っておられる方から、遺言作成の支援の依頼をいただいたとき、専門職としてはどのような助言をするべきなのだろうか。
重病とは言え、自宅で多少の家事もこなしながら病院通いをされていた方だったので、疑問を抱くこともなく公正証書遺言の準備を着々と進めていたのだけれど、公証人に示す資料集めなどしている1週間ほどの間に亡くなってしまった事例があります。
公正証書で遺言を作成しようとすると、どうしても資料が必要となります。不動産登記事項証明書や、戸籍謄本や受遺者を特定するための根拠など。財産を渡す人に、予め遺言の内容を告げて、住民票などを提供してもらえれば手っ取り早いのですが、遺言で財産を遺すことを言いたくないケースも多く、そのような場合は色々と苦慮し、時間も要します。
ところで民法976条では「疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは」として、臨終の遺言について要件を緩和しています。作成時の要件が緩和されている分、遺言の日から20日以内に家庭裁判所による「確認」という手続きを経なければなりませんが、下準備は楽になります。
「死亡の危急」というと入院中で床に臥しているイメージが拭えませんが、教科書には、生命の危険は客観的である必要はなく主観的で構わないと書いてあります。
但し、このケースで危急時遺言を利用できたかは、やはり疑問でもあります。ご本人がまだ数年生きて行くつもりであり、現に臥せってもいないのに、そのような方式を提案するのは大変抵抗のあることです。主観的に、死亡の危急にはないのです。
それよりも、公正証書の準備が整うには急いでも2週間はかかるでしょうから、それまでの間のために、いくら余命はまだ月単位であるように思われても、自筆証書遺言を残すよう助言すれば良かったか、と思います。
せっかく意思を確定されたのに、効力ある形で残せなかったことは悔いの残る出会いでした。しかし、相続人らが、希望を受け入れて対応されたので、準備を始めたこと自体にも意味があったということもできます。