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2014年7月

後見人のキャッシュカードの限度額引き上げ

 成年後見人の銀行での手続は未だ色々で、私たち後見人の立場からは不満がいっぱいです。その一つは、取扱支店でしか出金や振込ができないと言い張る銀行があること。なぜなのか、合理的理由が分かりません!!

 また、成年後見人にはキャッシュカードは発行できない、と言い張る銀行もあります。窓口でしか取引させないのです。なぜなのか、やはり理由が分かりません。キャッシュカードという物が、口座名義人以外が勝手に使用するリスクが高すぎる代物だと言うのなら、キャッシュカードそのものをなくすべきでしょう。

 そんなこんなで、私たちは不満たらたらで、しょっちゅう銀行の悪口を言っています。

 で、先日わたしはメガバンクMにある成年被後見人の口座のキャッシュカードの出金限度額引き上げを行うことを試みました。

 取引支店は片道30分の駅前にあります。普段の50万円までの出金や振込は、幸いキャッシュカードは発行されているので、事務所近所の支店でも用を足すことができました。しかし、この度家裁から後見人報酬の付与決定があったのですが、50万円を超えるため、キャッシュカードでは出金できないことに気付いたのです。そして、取引支店に電話して聞いたところ、窓口での出金は、取引支店のみで可能とのたまいます。

 ちなみにこの報酬額は、ウェブサイト上の「報酬のめやす」にぴったり合致した金額です。

 ご本人は施設に入所したため、取引支店近くへ出向く用事は全くなく、ようやく付与された報酬をどのように受領したものか、ミセス家計簿と相談した結果、「そうやん!キャッシュカードの上限額を引き上げたらいいんやん。ホームページには『お近くの支店で手続できる』と書いてるし、行ってくるわ」と作戦を決定しました。

 フロア案内の女性に「キャッシュカードの出金額の引き上げです。成年後見人です」と説明したところ、実は「取引支店に行ってください」と言われるのを半分覚悟していたにもかかわらず、届出用紙を準備してくれたので、小さなガッツポーズをして書き込みました。

 でも、用紙を提出してからは30分以上待たされ、その間ずーっと、もしもこの期に及んで取引支店へ行けと言ったら思いっきり文句言ったると身構えていたのですが、窓口の若い女性ではなく、後方の中堅どころ男性が出てきて、「取引店に連絡をしたところ、慎重に判断するようにとのことでございまして、これまで多額の出金はないようですが、上限額の引き上げが必要ということでしょうか」と慇懃無礼に尋ねてきます。「家裁で報酬が出て」と言いながら審判書でも見せたら、きっと喜ばれたことと思いますが、「ええ、50万円以上の出金が必要ということです」と返答すると何か言いたそうにされながらも、「では後見人の届出の際の筆跡と比較させていただきます」と来ました。二年ほど前に取引支店に出した届出用紙がファクスでも受けたのか、男性行員の手元に見えます。

 何を恐れてそんなにビビっているのか、さっぱり分からないけど、いつもの調子で殴り書いたら同じ筆跡だと判明したようで、結果、無事上限額は200万円まで引き上げられました。もちろん、その後すぐにATMで報酬額を出金したことは言うまでもありません。

 なあーんや、やっぱりやれば出来るんじゃん、ということと、今回得た教訓は、キャッシュカードを作った段階で、上限額の引き上げを行っておくべきだったということです。きっと嫌がられるんだろうけど・・・

 しかし、後見人が就いたからと言って、警戒する必要性がどこにあるのか、さっぱり、やっぱり分かりませんね。後見人が不当なお金を出金したって、通常の取引と同じ手続を取っていれば金融機関に落ち度はないと思いますが。それよりも、多くの善良な後見人の利便性について考えて貰いたいです。

三つ子の魂・・・

 つい最近、自分自身の通知表を見る機会がありました。

 小学校時代は項目ごとに、「よくできた」「できた」「がんばろう」の三段階の絶対評価です。ボールペンのキャップのようなもので、赤い〇が付けられています。今の子はどんな通知表をもらってるんだろ?運動会の徒競走と同じで横並びだったりして?

 まぁ、そんなことはどうでもいいのですが、興味深かったのは担任の先生の自由コメント欄。低学年の時は「線が細い」とか「おだやか」とか書かれているのに、3年生くらいから「私語が多い」「勝気な面が出てきた」などと、ちょっと扱いにくい子供を思わせる記述が・・・ 特に、授業中のおしゃべりについては、高校の通知表でも注意(保護者への苦情?)されていました(^_^;)

 春に、女子3・紳士1でゴルフに行った時も、紳士から「ほんま、よう喋るな~」と呆れられてしまいましたので、口を閉じている時間が短いのは幼少の頃から続く性癖のようです。

 先日も、任意後見契約を検討してくださっているご夫婦と、これからの進め方を打ち合わせしている最中、奥様のお話を聞きながら、しょうもない茶々を度々入れてしまいました。初めてお会いしてから、もう10年近くが経っているので、つい気が緩んでしまうようで・・・ そう言えば、通知表には「冗談が好き」というコメントも三回ほど見かけましたっけ。

 で、このご夫婦とは、ずっとつかず離れずで連絡を取り合いながらも、まだ契約締結には至っていません。機が熟していない、ということと思っています。

 任意後見契約は、あくまでも委任者の自発性が重要ですから、促すことはしないと決めています。特に、ご夫婦ともにお元気なので、どちらかに判断能力の衰えが見え始めても、もうお一方が申立人になることで法定後見の利用もできる、という安心材料もありますし。

 こうやって、ある意味ダラダラと(失礼!)関係を続けられるのは、その間の相談報酬についてきちんと決めているから。本格的に検討を始めることになった時点で、こちらからお話しさせていただきました。報酬の設定方法は様々だと思いますが、こうした合理的なことを理解していただくことも、任意後見契約の利用の際には必要なことだと思っています。

短冊の願い事

 見守り契約遂行中の女性に会いに、有料老人ホームを訪れました。七夕に際して笹を作って、皆さんが願い事の短冊をつるしたそうなのですが、面白い短冊があったとのことで、早速笹が飾られているフロントへ一緒に行きました。

 「日帰りで、行ってみたいな、天国に」

 確かにクスッと笑えます。高齢の方が作ったと思うと、何だかシュールで、死に対する達観と、同時に抵抗が込められている気がしました。

 わたしの見守り契約の相手である女性の短冊には、平和を願う気持ちが率直に綴られていました。大阪市内で少女時代を過ごされていて、自宅のすぐ近くまで焼け野原になったことや、空襲で友人が亡くなったことを話してくださり、「二度と戦争はいやです、怖いです」と仰います。

 両親は田舎育ちのため、戦前生まれではありますがリアルな戦争の話をきいたことがありません。後見業務を行ったことで、戦争体験をしたご本人から話を聞く機会がこれまでにも何度かあり、それが自分の身に起こったことだとしたら、と考えます。人生の先輩の話を聞けるのも、後見業務の妙味です。

立場ある人

 昨晩、ニュースを観てビックリしました。立場ある人間になればこそ、人の意見を聞かなくてはなりません。できれば、信頼できる批評をしてくれるブレーンを持ちたいところです。そして、記者会見など、引っ込みがつかないような場で話す前には、ブレーンと共に十分に準備をしなくては。兵庫県議員の泣き喚く姿は、教育上よくないように思われました。

 先日は新聞記事で、立場ができればお酒の飲み方にも注意するべき、というオーストラリア人女性のコメントを読みました。それは、確かに・・・
 立場ある場に立つなんて、ホントしんどいことだと思います。
 
 

恋の奴隷

 先日、同業者との宴で奥村チヨの「恋の奴隷」を歌ったところ、今日、その場にいた飲み仲間から「あの歌が耳についてしまったぁ」と被害の訴えがありました。ちょっと濃かったかしら・・・子供時代の歌謡曲を歌うって楽しくって。今度は黛ジュンでも歌ったろか(^_-)

 さて、例の閣議決定がなされたということで、夕方には安倍総理の記者会見が各局生放送していました。この問題を機に、「憲法解釈」ということについて考えてしまいました。容易に解釈が変更される憲法なら、憲法の体をなしてないはずですが、今回のは、十分な議論の積み重ねがあったのでしょうか。結論ありきで強引にゴールに持っていったように見えました。こんな風に憲法解釈の変更がなされることが常態化したら、安心してこの国に暮らせなくなります。確固たる憲法を持っているという安心感が、この国の平和を可能にしていると思うのですが。
 集団的自衛権は何が何でも反対!というつもりはないのですが、こんな重たい方針決定が、スピードが大切な時代とは言え、割と簡単に決まってしまったな、という戸惑いというか、疑問が拭えません。議論については、今後の法整備のスケジュールの中で行うのだから良い、ということなのでしょうか。国民の1人として、もっと勉強して考えを持つ努力をしなくては。
 

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