負け犬のひがみ
昨晩、若年性認知症に罹った夫とその妻の二人三脚の闘病生活を紹介したテレビ番組を終わりがけだけ観たのですが、『家族の支え』みたいなタイトルがついていて、それを引き金に少し考え込んでしまいました。
家族のいないわたしは認知症にもなれないの、と。
よく、病気に打ち勝てたのは、困難を乗り切ったのは、家族がいたから!というトーンのテレビ番組がありますよね。何だかつい、家族の存在を見せびらかされているように観てしまうんですよね。家族礼賛は国家政策なんだろうとは思うのですが、現実は結構乖離が大きのでは?昔よりは非婚者離婚者が多いというだけで、マイノリティーには変わりないか・・・
家族がいなくってもちゃんと人間関係を形成して、力強く生きて行こうと思ってんのに、シングル生活者はこの世に存在しないかのような、あるいは人生の落伍者であるかのようなトーンを見せられると拗ねちゃうよなぁ。これって、痛いところ突かれてるからこその過剰反応なのでしょうかね。
もちろん家族の絆なんて存在しないと思ってるわけではないですし、家族に対する責任感が生きる力になる場合もあるでしょう。きちんと育ててくれた両親に感謝もしています。ただ、家族がないと生きづらいよ、と説教されてるみたいで。やっぱり僻みかなぁ・・・・