即効型任意後見契約を選ぶときとは?

 任意後見契約には、「即効型」「移行型」「将来型」があると説明されています。

 「将来型」は任意後見契約だけの場合で、将来判断能力に衰えが見られるようになって、任意後見監督人が選任されたら契約がスタートするもの、「移行型」は財産管理等委任契約+任意後見契約を締結して、判断能力が衰える前から支援を行うものです。

 「即効型」は、任意後見契約を締結してすぐに任意後見監督人選任申し立てをするものです。

 任意後見契約を締結するには、当然のことながら相応の意思能力を必要とします。一方で、任意後見監督人選任は判断能力の衰えていることが要件となりますので、即効型というのは矛盾を孕んでいるとも言えるし、即効型があり得るとすれば非常に稀なケースであるだろうということが言えると思います。

 任意後見は、自分で自分の人生をマネジメントすることを実現するシステムだと考えていますので、即効型程度に能力ダウンが見られるのであれば任意後見の良さを生かすことはあまり期待できないように思われます。ご本人が自分には支援者が必要だと思っておられるなら、任意後見で進めるよりも「補助申立て」を検討するほうが適当だと考えます。任意後見では任意後見人+任意後見監督人の二人分の報酬が必要となりますが、補助なら補助人の報酬だけで足りるというのも、その理由の一つです。

 昨日の研修でもしつこく言ってしまったことですが、任意後見は気力体力が充実している間に検討を始めて、自身にとってぴったりの受任者を見つけて、残りの人生の幸せに役立ててこそその有用性が発揮されるので、急ごしらえで利用するのは消極的になります。

 

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成年後見人の自己執行義務

 昨夜の女子会。リーガルサポート大阪支部の(昔の)女子で軽く集まってお話ししました♪ そこで話が大きく展開したわけではないのですが、「成年後見人には自己執行義務があるよね」と言ってしまったので、考え始めています・・・

 よくよく六法を繰ってみると、委任による代理人は原則自分で事務処理をしなくてはならないわけですが、法定代理人は民法第106条において「自己の責任で復代理人を選ぶことができる。」とされており、自己執行義務は課されていないようです。しかし、成年後見人がご本人の訪問を第三者に頼んでその報告を聞くことで済ませているなどというのは、何とも釈然とせず、そんなことで身上配慮ができるのか!と直感的に思ってしまいます。

 ただ、確かに当事務所でも、わたしが忙しくてなかなか病院を訪問できない時にミセス家計簿やpuっちゃんに支払いがてら様子を見に行ってもらったりしたこともありました。それは、ご本人が人を識別することができずわたし以外が訪れても混乱することなどない、ということが大前提になりますし、そういう代訪問が常態化してはいけないと思っていました。

 法定代理人である成年後見人の自己執行義務はどのように考えるべきなのでしょうか。また宿題が増えましたwobbly

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自由って何だ?

 日が着実に長くなって来ましたね。寒さはこれからが本番ですけど。「冬来たりなば、春遠からじ」。悪い出来事があっても腐らずに行きましょう、と自分にエールです。

 さて、遺留分です。遺留分は、遺言者の財産処分の自由と相続人の公平性を調整する役割があるそうです。しかし、わたしは、生きてる間は自分の財産をどのように使おうが自由なわけだし、成年後見人として「ご本人の財産はできるだけご本人のために有意義に使いましょう」という考え方が是とされていると思われるし、ご本人の死亡時に財産がゼロになっているのが理想的という意見まであるのだから、そこから演繹すれば、自己の死後の財産の行方も100%自由に決められていいのじゃないか、その自由を制限してまで保護すべき利益などないのではないか、と思っていました。

 昨日も、来月の家族法研究会の発表会打ち合わせをしていたのですが、その最中にハタと頭に思い浮かびました。遺言者が100%自由に財産を処分できるべきである、という考え方の前提には、遺言者を取り巻く人たちも100%自由に振舞っていることが必要ではないか、と。遺言者の家族が、色々なしがらみや風習や伝統などに束縛されて自由に振舞えないのなら、その不自由さについては無自覚かも知れないけれど、確かに、遺言者だけが自由にするのは理不尽な結果になることもあるかも知れない、と。

 一つのテーマを少しずつでも考え続けると、色々と新しい発見があるものです。昨日の打ち合わせのメンバーも、最初とは考えが変わって来た、と言っていました。これこそ研究である、という気もしています。自画自賛が過ぎますかね?

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窓から見える景色

 ふと窓の外に目をやると、これまではなかったはずの灯りがあります。ずっと建設中だった高層マンションが完成して入居が始まったのでしょう。

 人の気配がして賑やかですが、空が狭くなるのは残念なことです。

 昔、社会人になりたての頃、通勤地獄に辟易した結果、週休三日制を唱えたことがありました、周囲だけにですけど。働く四日は、職場近くの狭い部屋に住んで、片道2時間くらいで移動できるちょっとした田舎に心地よい住まいを持つのです。そして、働いていない家族はずっと田舎暮らしです。週休二日で行ったり来たりは結構しんどいので、週休三日、それも連休でなければならないという贅沢な構想(妄想?)でした。

 数年前に、東京の朝の通勤ラッシュを経験しましたが、てっきり事故か何かで電車が遅延しているのだと思いました。関西であの混みようは滅多に遭遇しません。ホームに入ってくる電車は既に満杯で、この車両のどこに乗り込めばいいの?と、何台も電車を見送ってしまいました。そしてようやく、何が何でもこれに乗らなくちゃ、待っていても隙間のある電車は来ないのだと気づいたのですcoldsweats02 あれこそ「地獄」でした。隣の人に対して心を閉ざし無関心になっておかなければ、目的地にたどり着くまでに精神的にもヘトヘトでしょう。

 人の気配。全く無ければ不安になりそうですけど、あまり沢山もねぇ。

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遺留分減殺請求権を債権者代位権の目的とすることの可否

 来月の家族法研究会発表会準備で、標記の判例のまとめをしています。判決文を取り寄せて必要個所を抽出するのですが、簡単なようで難しいです。全てが重要に思えて、そうすると要旨ではなく書き写しになって長くなるし・・・

 でも一番の難所は、相続関係図を入れること。それがあると文章だけよりずっと理解しやすくなるからと思ったのは良いのですが、わたしの稚拙なワープロ技術では時間がかかることこの上なく、ついにギブアップしました。明日、puっちゃんに手助けをお願いしてみよう♪と準備していたら、突然笑いが込み上げて抑えられませんでした。だって、情けないじゃないですか!さして年の違わない人に、パソコン技術で助けを請うなんて。いつも所長風を吹かせてるのにhappy02 スマスマの「昭和時代」のおじちゃん達みたいです。

 遺留分減殺請求権は、帰属上の一身専属性はないけれど、行使上の一身専属性があるとして、それを行使するか否かは遺留分権利者以外の者は介入できず、債権者代位権の目的とはできない、と判断されています。最高裁平成13年11月22日判決です。学説では反対意見が多いようですが。

 今回の資料作りは、全15の判例を研究会メンバーで手分けして作業しています。

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虚偽表示疑惑?

 10年以上前にずいぶんお世話になった銀行マンから年賀状が来ていました。関東に転勤されて久しい方です。手書きのコメントに「ホームページの写真、当分はあのままでいっといて下さい」とありました。

 グサッ!当事務所のホームページのプロフィールに掲げている私の写真のことを仰っているのです。http://www.homik.com/profile.html

 この写真はこれっぽっちも修正はされていません。ちょっとライトが当たっていますけれど・・・雑誌に掲載されたときにプロに撮ってもらった写真なので、上手に映っています。何が「虚偽表示かも」って、撮影した時期の問題なのです。最近ではないのです。ちょっと前・・・いや、結構前なのですhappy02 

 いつのことかははっきり覚えていますが、ここでは差し控えたいと思います。でも、この写真で着てるスーツは今でも着れるし、そんな変貌を遂げたとは思わないんですけど、目が遠くなったせいでしょうかね?

 一応生まれ年を開示していて年齢詐称はしていないつもりなので、次の「奇跡の一枚」を入手するまで、今しばらくご寛恕くださいませ(でもやっぱ、顎の線とか頬骨の位置とか違うかな~?)。

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新年の抱負

 新年明けましておめでとうございます。本年もぼちぼち更新しながら、自分の中で混沌とする課題についてつぶやきたいと思います、あれっ?ツイッターじゃないのにねcoldsweats01

 今年は何とか、セルフコントロールできる自分になろうと決心しました。克己心とも言えるでしょうか。食べ過ぎない、飲み過ぎない、テレビのスイッチを切る、早く寝る、無駄遣いしない、こまめに体を動かす、用事を貯めない。あー、どれも心がけ一つでできそうなのにそう簡単でないことは、多くの皆さんの賛同を得られるのではないでしょうか?アラフィーにもなってレベルの低い抱負で情けないの一言に尽きますが・・・

 三が日のテレビはあまりに面白くないので、スイッチを切るのは割と簡単でした。子供の頃は「かくし芸大会」とか、とっても楽しみにしていたものですが。お金はまだ一円も使っていません!神社に初詣に行ったのに、お金を持っていなくてお賽銭もしていないのです。ご利益無しかとも思いましたが、神様はそんなに狭量ではないと信じてます♪

 2月には、大阪司法書士会家族法研究会の発表会と、リーガルサポートのシンポジウムが予定されていて、どちらも人前で話さなくてはならないので、しばらくは気が重い状態が続きます。

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小銭貯金

 小銭入れを使っていないので、財布が「ブタ」にならないように、小銭はこまめに出して貯めています。一年間貯めて銀行で入金するのですが、去年は10万円に少し届かない額がありましたsmile 500円玉は必ず財布から出すようにしているので、結構な額になります。わたしのささやかなボーナスです。

 今年もそろそろ銀行に持っていく時期が来ました。入金するとき数えていなくても「あるだけ」と言って、預入伝票の金額は白紙で入金できるとご存知ですか?昨年、同じようなことをしている同業者先輩に教えてもらいました。それまでは、ATMで何度も繰り返し入金していたのですhappy02

 さてさて、今年はいくらになることやら?いつもそこからわずかながら国境なき医師団へ送金していますが、今年は三陸海岸のカキ再生プロジェクトにしようかな、と思っています。

http://www.sanriku-oysters.com/owner.html

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湯たんぽのある夜

 わたしの記事には子供の頃のエピソードが多いです。自身が親になっていないので子供時代をまだ生きているのかも知れない、と思ったりします。人から指摘されたわけではないけれど。

 で、子供時代の話なのですが、昔から「超」が付く冷え性で、コタツに入っていても足が冷たい、と、母からよく嘆かれたものでした。しもやけで足の小指がパンパンに膨れ上がって、針で刺して黒い血を出したこともありました。

 今年、昔の水枕のような湯たんぽを、ちょっと早いクリスマスプレゼントに頂きました。熱湯からちょっと冷めたお湯を入れると朝までぬくぬくです。ふわふわの毛の衣を着ているので足触りは優しいし、ベッドに入る少し前に布団の下に入れておくと床に着いたら即寝できます。足が冷たいとなかなか寝られませんからねー。

 湯たんぽと過ごす夜。幸せです。

 中のお湯は朝、顔を洗うのに再利用ですsmile

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注射嫌い

 注射が嫌いで打たれるとその腹いせに、痛みが消えたはずなのにしつこく泣き続ける面倒くさい子供だったそうです、わたしは。

 被後見人のうちにも、注射となると気持ちがとても乱れる方がいます。血液検査が必要なのだけれど、事前に説明すると当然その日の受診はパス。ですから予告無しの不意打ちになっても、それは許容範囲になるように思っています。どうでしょうか?

 ただ、ご本人が注射を目の前にして拒絶されれば、やはりこれは注射できないと思います。

 難しい問題です。でも立ち位置はパターナリズムの放棄なのだと思います。客観的にご本人に有益でも、強要はしてはいけないのだと思います。どのように行動しても迷いが生じますけれど・・・何か新しい理論が生まれないかしら?

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「こんなにお得な公務員生活」

 今夜も四谷のホテルでテレビを見ています。久しぶりに「TVタックル」にチャンネルを合わせたら、古賀さんが表題の解説をしています。

 腹立たしいので直視しないようにしたいのですが、これが本当なら、この世は公務員と非公務員の二種類に分けることになりそうです。地方公務員の中には、一緒にするな!という方もいらっしゃるかも知れませんが・・・

 たけしが「これを子供の頃に習っておいて、公務員になれば良かった」と皮肉っていましたが、当事者にとってはどこ吹く風かな?低俗な番組だと思ってるんですって。

 自分で選んだ道ですが、サラリーマンから自営業者になって、予想される年金はわずかで、老後の備えの自助努力も限界がある中、年金システムの中で妙に優遇されている人たちに対して、羨望を超えた苛立ちを禁じえないですねーshock

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市民とは?

 今日は東京で開催されたシンポジウムに参加しました。市民後見人をテーマにしていたからです。その中で、進行役の方が「市民後見人の市民とは、○○市民という意味ではなく、citizenですよね」と指摘され、あっそうか、これまではっきり認識していなかった、と気づかされました。

 国家を構成する市民がこれからどんどん増える後見人の一翼を担うということなのです。ある意味自然の流れのように思われます。

 ホテルで、震災で家族を失った子供たちのドキュメンタリー番組を見ています。泣き過ぎて明日の目の下が心配です。レベルは格段に違いますが、幼稚園の頃、母が入院して弟と二人で母の実家に半年ほど預けられました。毎晩「ママが死んだらどうしよう」と思いを巡らせて寝つきの悪い子供でした。画面の子供たちの気持ちが少し想像できる気がしました。

 震災の残した傷跡が消えはしないでしょうから、一人で背負い込まないで、と切に願い、しんどさを皆で分かち合う社会を作りたいものです。

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セールス電話の撃退法

 夕方の御堂筋線、背中で聞いた大阪のおばちゃんの会話にニンマリsmile 

 「電気代が6000円以上のお宅はこの機械付けたら節電になります」って電話のセールスが言うから、「うちは真夏でもクーラー付けんと、2000円ですねん」って言うたってん。

 申し込んだら電話代が安くなる、って言われて、「言うてる意味が分かりません」って言うたってん。

 と撃退ワザの競い合い。一人ほくそ笑んでいると、「あれっ!次、淀屋橋やわ、反対に乗ってもうた!」とそそくさと降りていくというオチまで付いて、陽気なおばちゃん達に万歳です。

 っていうか、わたしも、最近よく行く東京では「大阪のおばちゃんってひょうきん」と思われているのかも。

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「おまえさん」読了

 他にも何だかんだやることあるのに、娯楽本は読み始めたら最後ですから、締め切りが先のことはおっぽって「おまえさん」下巻も読み終わりました。

 ところどころ宮部節が効き過ぎているように感じる箇所もありましたが、気を逸らさずに読ませるところはさすがです。一つの事件が終わるまでに、短編を混じえて小さな事件も起こりながら、登場人物の人となりを描き込んでありました。ハリーポッターと同様に、読んだ人には「誰が好き?」と尋ねたくなる気持ちです。

 あー、しかしわたしは誰だろ?自分がなれたらなと憧れるのは平四郎だけど、好きになるなら政五郎親分あたりか?

 これで心おきなく正月までのアフターファイブは、忘年会をこなしつつも、「あれ」と「アレ」に打ち込みます。

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報酬の研修

 小雨降る土曜日の午後、研修に出向きました。「司法書士報酬と独占禁止法」という題目だったのですが、後半にパネルディスカッションがあるということだったので同業者がどんなこと考えているのか知りたくて、というのも報酬を決めることは頭痛の種の一つですし、顔を出してみたというわけです。

 かつては「報酬規定」として強制力があり、その後目安としての「報酬基準」と姿を変えはしたものの、我々の報酬は一定の範囲内に納まることになっていました。しかし今は「報酬基準」も撤廃され、報酬は完全自由化となりました。

 昨日の話では、報酬基準があった方が良いという意見が同業者には多いようです。その方が報酬を決めるときに悩まずに済む、とか、依頼者に説明がしやすい、という理由のほかに、自由競争の名の下一部で激しいダンピングが行われていて報酬そのものが値崩れし、業界の衰退につながりかねない、ということもあるようでした。

 わたしは値下げ競争に参加しないと決めているし、安いのが一番!という依頼者はその方針で依頼先を探せば良いのだと思っています。昨日の研修でも「不当廉売」というのは私たちのように「仕入れ」がない業種ではなかなか認定されないような説明でしたし、他の同業者の報酬が安いことのみをもって責めることはできないように思います。それよりも、安売りすることは良くない、結局十分な専門サービスを提供できなくなる、と考えるのなら、しんどくっても自分が安売りしないことを貫くことだと思うのです。

 パネリストの一人が、「我々自身が仕事に誇りとプライドを持つことが重要」というようなことを発言していて共感を覚えました。武士は食わねど高楊枝、と強がることも大切だと思います。もちろん、背に腹はかえられませんが。

 依頼者としては低価格が望ましいことに異論はありません。けれど、適正価格を支払わなければ適正なサービスを受けられないのも、また真実だと思っています。私たちが提供するようなサービスは「経験財」であり「信用財」なのだそうです。購入してみなければその質は分からないし、購入後もその質は分からない、ということだそうで、これを教えてもらったのが昨日の一番の収穫でした。同じ職能でも仕事の品質に差はあるのですから、他所の同業者と価格が違っても堂々としておけば良いのです。

 パネルディスカッションの結論がそんな感じだったら良かったのにな、と感想を持ちました。

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